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About me

 

 

私は女兄弟を持ち、中学・高校と女子校に6年間所属し、女の子に囲まれて育ちましたが、大学で理学部に進学したため、これまでとは一転し、ほぼ男子の中で生きることに。のちに夫となる理学部男子ともここで出会いました。

そして大学卒業後、ガス会社の技術部員としてガスの品質に関するデータ分析を行っていました。

同じ頃、アメリカのPh.D(修士+博士の一体型コース)に進学していた夫と(遠距離別居)結婚し、半年後会社を退職し夫がいるアメリカボストンへ引っ越し。ちょうどその時、Harvard Bussiness ReviewがData Scientistを"The Sexist Job of the 21st Century"と言ったように、アメリカではデータサイエンティストの重要性や需要が高まっており、私ももう一度学ぼうと奮起しアメリカ大学院受験を決意。日本からの奨学金をゲットし、コンピューターサイエンスの修士に合格をいただくも、妊娠が発覚し進学を断念。(実際、大学側はかなりの融通を利かせてくれるようでしたが、奨学金をもらうとはいえ、卒業が遅くなった場合、年間約500万円を超える学費をまかなえないので。)

 

夫Ph.D4年生の時に私はアメリカで出産。

夫はその年にPh.Dを卒業することを決意。

私の出産と同時に、夫のポスドクの就職活動が始まり、

私ははじめての新生児のお世話・寝不足、夫は面接のためのアメリカ全土への出張。

それに加え、ボストンは百数十年ぶりの寒波で1ヶ月間、豪雪、マイナス20度の世界…。

私は産後うつ(おそらく、自律神経失調症)になり一旦帰国。

なんとか乗り切って、夫のポスドクがカリフォルニアのシリコンバレーへ決まり、赤ん坊と共にお引っ越し。

物価の高いと言われるボストンと比べても、体感としてその倍ほど高いシリコンバレーで暮らすのは大変ですが、テクノロジーの最先端にいるシリコンバレーの特異的な雰囲気と、圧倒的に天気がいいこと、あと大事なのが夫が研究にも同僚の研究者にもワクワクしていること、子どもがそこら中にある公園でのびのび遊べることが、ここに住むやる気になっています。

研究者の夫との人生は、引越しが多く、知らない土地で苦労することもありますが、ページをめくるように次々と舞台が変わるこの生活を、最大限楽しみたいと思います。

~~~夫のまわりを見ても、Ph.Dで結婚や子どもをもった人は全くおらず、ポスドクで家族を帯同している人も少ないので、ぜひ同じような状況の方には、アメリカ育児やポスドク夫との生活について、アドバイス、知恵をいただけたらと思うばかりです。~~~

 

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